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2009.09.18

山中湖は五里霧中につき・・・ その8

阿守が軍司どののいる隣の部屋に行くようだったので、私もついていきました。
そういえば来る途中の車の中で、軍司どのが
「トランプもって来たぞ!ヒマになったら大富豪でもせんか」
と嬉しそうに語っているのを思い出しました。
「おい、軍司、起きぃ。大富豪するぞ」
枕元から寝ている軍司どのを蹴り起こす阿守。
身から出たサビといいうにはあまりにも不憫。

ワケのわからぬまま蹴り起こされた軍司どのが起き上がるのを待たずに部屋へ帰る阿守。
この辺りは長い付き合いですから、あとは放っておいても部屋に来るのはわかっています。
案の定、眠い目をこすりながらトランプ片手に私たちの部屋へやってきました。
「お前は早よ寝たかもしれんけど、俺は温泉行ってたから、まだ1時間も寝てないんぞ」
と文句をいいつつも席に着く軍司どの。
「俺だけ起こされるんも腹立つから、タッキーも蹴り起こしてこいや。俺を起こしたみたいにタッキーも蹴り起こしてこいや」
と阿守を促す軍司どの。
「蹴り起こすとか言わんといてくださいよ」
軍司どのの言葉を聞きつけたのか、向かいの部屋から訪れるタッキー。
蹴り起こされるぐらいなら、と自ら足を運んだようです。
さすが。
さらに、隣の部屋から山さん登場。
阿「お、山さんどないしたんですか」
山「いや、ちょっと見学に」
阿「見学とかないですよ。座ってください」
山「はい・・・」
山さんも強制参加。

大富豪(大貧民と呼ばれることもあるようで)の始まりです。
メンバーは平尾・阿守・山さん・軍司・タッキーの5人。

実は私、大富豪はほぼ初めてでして。
子供の頃にやったことがあるかもしれないのですが、あまり覚えてないです。
なので、ローカルルールについてなにやら取り決めを行っていたようですが、よくわかりませんでした。
とりあえず全部アリみたいなこと言ってたように思います。
勝敗はポイント制で決定。
大富豪+2、富豪+1、平民0、貧民-1、大貧民-2
10ポイント先取で優勝。

第1ゲームで早速大貧民になる私。
最初の大富豪はタッキーでした。
『大富豪は大貧民に命令できる』
というルールがあり、
「ほな平尾くん、コンビニにパシってもらおか」
との命を受けました。
1人だとロクに荷物も持てないだろうということで、次のゲームの大貧民が決まれば、2人でコンビニへ買い物に行くことになりました。
「ああ・・・。パシリなんて言うんやなかった・・・」
第2ゲーム終了後、タッキーと2人でトボトボとコンビニへ行きました。

何回かやる内に私もルールを把握してきました。
で、なぜか私は『スティーブ・ジョブス』と呼ばれるようになりました。
阿守いわく、熟考している姿がジョブスみたいだ、と。
阿「ジョブス・ロジックが完成したら、この男は手がつけられんようになるぞ!」
結局、ジョブス・ロジックなる必勝パターンは完成せず、私は最下位でした。
順位はよく覚えていませんが、確か1位は阿守だったような・・・。

結局朝の4時ごろにお開きとなりました。

朝、帰りの車にて
雄「いやぁ、人の笑い声で夜中に起こされる経験なんて、なかなかないですわ」
阿「あら、起きてたん?来たらええのに」
雄「行きませんよ!」
軍「こいつ(阿守)ひどいで。俺ほとんど寝てないのに蹴り起こされたし、平尾起こすときもお前平尾の周り踊ってたんやろ?」
阿「そやな」
おや、新事実発覚です。
私は、阿守がたてたわずかな物音による不可効力で目を覚ましたつもりだったんですが、どうやら最初から起こすつもりでいろいろ画策していたようですねぇ。
で、私が起きるや、さも今までおとなしくタバコ吸ってましたよ、的な顔で
「あ、起こしてしもた?ごめんな」
なんて言ってたんですね。
さらに後日わかったことなんですが、私がまだ寝ている間、阿守は隣の部屋(山さん・真鍋・軍司)へ行って、タバコだけ吸って帰る、という行為をなんども繰り返していたそうです。
夢うつつながら真鍋はそのことに気づいていたようですが、
「こら関わったら寝れんことになりそうや」
と、狸寝入りを決め込んでいたようです。

今回は雄作、タラのほかに、真鍋、山さんも東京に居残るとのことですので、4人とは大月駅で別れました。
帰りは阿守、軍司、平尾、タッキー、ナカハラさんの5人でしたので、往路にくらべてかなり楽でした。
相変わらず、軍司どのが運転の時には大雨に見舞われたりもしましたが、リスクブレイカー難なく切り抜けてくれました。
途中、例のごとく携帯グルメサイトで食事処を検索し、内津峠で食事をとりました。
が、何を食べたのか、まったく覚えてません。

その後、いつものように眠りの神が降臨した私は、気が付けば大阪に帰っておりました。


それでは、山中湖マウントフジ・ミュージック・フェスティバル道中記、無事終了ということでお開きとさせていただきます。

2009.09.09

山中湖は五里霧中につき・・・ その7

急に出番が決まったのですが、我々もフリーライブで慣れたもんですから、意外とスムーズにステージの準備は終わりました。

最初、人はかなり少なかったのですが、30分ほどでかなりの人が集まってきました。
2ステージ分演奏できたおかげで、後半はかなり人が多くなりました。
ありがたいことです。

演奏終了後は速やかに撤収しました。
帰る頃には随分と気温も下がっておりました。

翌日の昼から予定のあるタラはここで離脱。
ほかの面子は主催者の方が用意しくれた宿へと向かいます。

着いた先は民宿でした。
用意されていた部屋は8畳間2つと6畳間1つの計3部屋。
「よし、部屋割りは俺が決める」
と言い出したのはもちろん阿守。
阿「まず、雄作、タッキー、ナカハラさんのややこしい組」
雄「ややこしいって、失礼な・・・!」
阿「やかましわい。で、山さん軍司、真鍋のグダグダ組」
ここは特に文句なし。
阿「ああ、平尾が余ってしまったなぁ。しょうがない。俺は平尾と一緒でいいわ」
雄「ちょっと、そこ一番害がないじゃないですか!」
私は部屋に入ったらすぐ寝ますからね。

全員お疲れモードでしたが、特に酷かったのは真鍋でした。
真「あれ?そういや俺、だいぶ寝てないんちゃう?」
そういえば、昨夜一睡もせず、イベント中も結局寝てないようです。
36時間ぐらい寝てないそうで、もうフラフラでした。
せめて風呂に入ってから寝たほうがいいだろう、と入浴までがんばって起きておりました。

風呂は2種類。
民宿内にある無料の浴場と、少し離れにある有料の温泉。
阿守、平尾、真鍋、山さんは無料の浴場を、雄作、軍司、タッキー、ナカハラさんは温泉を使いました。

阿守は到着早々仮眠を取り、起きた後、さっさと風呂に入ってしまいました。
風呂の順番は、昨日風呂に入っていない阿守から、眠くてしょうがない真鍋、運転でお疲れの山さんの順で、最後は私でした。
阿守は風呂から上がったあと、19時ごろにまた眠ってしまいました。

ちなみにこのあたり、夜はかなり涼しく、エアコンは要らないそうです。
確かに、窓を開けただけでかなり涼しい風が入ってきます。
私が風呂から上がったのは20時ごろだったでしょうか。
あとはかなり快適に眠ることができました。

快適な睡眠のあと、さわやかな朝を迎え、あとは帰るだけ・・・となるはずだったんですが、目が覚めたとき、まだ夜でした。
阿「あ、ごめん。起こしてもうた?」
部屋の隅で阿守がタバコを吸っていました。
どうやら阿守が立てたわずかな物音で起きてしまったようでした。
まだ23時ごろだったので、3時間ほどしか眠っていないようです。

阿「さて、せっかく起きたし、このまま寝るんもアレやろ」
と阿守は立ち上がりました。

「軍司起こして大富豪するぞ」

2009.08.27

山中湖は五里霧中につき・・・ その6

健康ランドから30~40分ほどで会場に着きました。
昼前だったかと思います。
すでにかなりの暑さでした。

機材をどうするのか、タッキーが運営部に問い合わせに言っている間、すでにリハーサルの始まっていたメインステージを覗いてみました。
バックに富士山の見える立派なステージでしたが、私たちが出るのはもう一つのプレイフィールドカフェです。

ステージ近くに車を停めていいということだったので、ステージまで移動しました。
広い草原の中にちらほらと屋台があり、少し離れた位置に小さいステージが見えました。
控え室(テントなんですがね)へ到着したところで、13プロジェクト執行部のナカハラさん(ダジャレが得意)が合流。
機材をおろしたあと、しばらく自由時間となりました。

それにしても山中湖付近はいい景色です。
天気もよく見晴らしも最高。
富士山も綺麗に見えます。
「いやぁ、もう充分満喫できたし、帰ろっか」
といったのは阿守でしたでしょうか。
なるほど、気持ちはわかります。
わかりますが、帰ってはいけません。

各々会場内を散策し始めました。
プレイフィールドには屋台とステージのほかに、車の展示場がありました。
スバルのレガシーに試乗しませんか?と薦められたのですが、免許がないのでお断りし、あとで合流した山さんに試乗の件を伝えておきました。

軍司どのは昨日寝ていないので寝てたのですが、なかなかいい寝場所を見つけたようで、ちょっと眠くなった私は、軍司どのが寝場所を離れた隙に奪いました。
おかげで少し回復できました。
ああ、でも良く考えたら私、昨日十分寝てるんですね。

一方、軍司どのと同じく一睡もしていない真鍋は、主に山さんとぶらぶらしてたようで、車の展示場付近で再会しました。
なにやら記念品をもらっており、訊ねたところ、やはりレガシーに試乗していたようです。
平「どうです、あのハイエースに比べて乗り心地は?」
山「いやぁ、比べ物になりまへんなぁ」
と満足しつつも
山「ただねぇ、むこうの人が一緒に乗ってたんですよ」
平「そらそうでしょう」
山「それがなかったらねぇ・・・もうちょっと攻めれたんですけどねぇ」
真「ちょっと踏み込んだとき、一瞬で表情変わりましたもんね」
何を攻めるのかはわかりませんが、何事もご安全に。

私たちがその辺をぶらぶらと散策しているころ、阿守は木陰でギターを弾いていたそうです。
そこに外国人のおっさんがひとり近寄ってきて
「写真撮らせてクダサ~イ」
と写真を撮り始めました。
「というか、おっさんだれやねん?」
と問うたところ、どうやらメインステージの出演者のようで。
「もうスグ出るかラ見にキてネ~」
というわけ阿守はメインステージへ。
あ、ちなみに上記会話はおそらく英語で交わされたかと思います。

すると、ほかのメンバーも散策に飽きたのかぞろぞろとメインステージ前に集まり始め、気がつけば全員集合。
例のおっさんが参加しているバンドですが、ものすごくカッコよかったです。
カッコよかったんですが、とにかく日差しが強い!
私は結局10分程度でギブアップ。
出演時間が近づいていることもあり、私は控え室(テントなんですがね)へ引きあげました。
私はセッティングに時間がかかることですし、控え室(テントなんですがね)で出来る範囲の準備を、ダラダラと始めました。
こんな暑い日に、キビキビとは動けません。

準備が一段落したあたりで、他のメンバーも控え室(テントなんですがね)へもどってきました。
が、全員日光にやられて真っ赤っ赤。
ただ、雄作だけは赤くなっていない様子。
雄「僕はすぐ黒くなるんですよ」
なるほど、たしかに黒くなっているようです。

出演時間まではまだすこし余裕があったはずですが、私たちの前の出演者が急遽出られなくなり、いきなり出番がやってきたのでした。

2009.08.20

山中湖は五里霧中につき・・・ その5

恵那峡を出てからは所々で休憩を取りつつ健康ランドを目指します。
その途中すごい濃霧に見舞われました。
一寸先は闇、ならぬ霧。
前の車のテールランプがかすかに見える程度でした。
そのとき運転していたのはシベリアンのリスクブレイカー軍司どの。
彼が運転していると、よくこういった急激な状況の変化に見舞われますが、そのんなのはへっちゃらです。

そんなこんなで健康ランドに到着。
公衆浴場が嫌いな阿守以外は全員入浴です。
その後、阿守の姿を見たのは朝になってからでした。
私たちがいない間になにやら受難があったそうですが、詳しくはこちらをご覧ください。

入浴後、各々酒とつまみを手に、ちょっとした酒宴が開かれました。
「平尾もそのしょーもない甘ったるいヤツ飲んだらええねん」
と真鍋に進められて酎ハイを一杯だけいただきました。
ただ、翌日に響くといけないので、さっさと休もうとしたのですが、
「休憩室見たけど寝るとこひとつしか空いてなかったわ」
というタラ情報に少しげんなり。
しかしそれを軍司どのに伝えたところ
「ないない。タラの情報はいつもテキトーやねんから。アイツ絶対ちゃんと見てないで。どうせチラ見しただけでテキトーに言うてるだけやて」
と一刀両断。
しばらく飲み続ける様子の軍司と真鍋を残し、休憩室へ。
休憩室には、一応仮眠シートのようなものはありますが、ほとんど雑魚寝に近い状態です。
あの仮眠シートをなんと表現すればいいでしょうか・・・。
まぁ、一度どこでもいいので健康ランドに行ってみてください。

休憩室をザっと見たところ、5~6箇所は空いています。
よく探せばもっと空いていたでしょう。
さすがシベリアンのリスクブレイカー軍司どの。
タラの情報かく乱などあっさり見破ってくれました。
おかげで快適な睡眠がとれました。
あの状況を快適と感じられたのは、体を伸ばせればどこででも寝られる私とタッキーだけでしたが。

朝起きると、軍司と真鍋はまだ飲んでました。

「あ、寝るとこ空いてた?」
と軍司どのに訊かれたので
「空いてたねぇ。全員寝れたし」
と答えたところ、軍司どの、タラを一喝。
「ほれ見てみぃ!タラよ・・・ええ加減なこと言うとったらいかんのぞ!?」
叱られたタラは
「あれぇ・・・?」
と、とぼけるのでした。

2009.08.18

山中湖は五里霧中につき・・・ その4

7月25日20時、ネイブに集合。
私はいつも地下鉄でネイブに向かうのですが、山さんおよび山さん宅に泊まっている遠方組も、最終的には同じ路線になります。
集合時間と集合場所が同じで、最終的には同じ路線になるのですから、そりゃ同じ電車になる確立は高いわけです。
私は電車で本を読むことが多く、本を読み始めると集中してしまい周りの様子を一切感知しなくなるようです。
これをシベリアン用語で『ヒラオの逆ステルス』といいます。
この日も5駅ほど同じ車両に乗り、山さんらは私に気づかれやすいよう大き目の声で会話していたのだそうですが、私は下車した後、すぐ横を歩く山さんや軍司に
「あ、同じ電車やったんですね」
とようやく気づく、といういつものコントを演じてしまいました。

積み込み等、準備に手間取り、出発したのは21時を過ぎた頃でした。
予想していたことではありますが、やはり乗り心地は最悪です。
スシ詰め状態なので姿勢をほとんど変えることは出来ず、それでもなんとか楽な姿勢はないかと、限られたスペースでモゾモゾするメンバー。
まともな姿勢が保てるのは運転席と助手席のみなので、助手席はもちろん、運転席も取り合いです。
ジャンケンに勝って一番手を獲ってガッツポーズのタッキーに
「ほな桂川(京都)あたりまでよろしく」
といったのは山さんだったか阿守だったか。
普段なら
「え?そんなんでいいですか?」
と8割ぐらいの笑顔で応えるタッキーも、この日ばかりは
「せめて・・・!せめて近畿は越えさせて下さい!!」
と涙の訴え。
とりあえずは休憩所を目指します。

高速の休憩所といえば、滋賀県『多賀』のハイウェイホテルが有名でしょう。
下り側に位置する施設ですが、高架を使えば上りからでも利用可能です。
ここで休憩を取るというプランもあったのですが、ひとつ問題が。
この多賀は、全行程のおよそ1~2割程度に位置します。
『百里の道は九十九里をもって半ばとす』
の故事もありますので、ここで休憩をしてもその後ほぼ全行程に近い道のりが待っているというわけです。

とりあえずハイウェイホテルの様子を見ようと高架を渡った一行ですが、やはりここでの休憩はナシ、ということで、食事のみを摂ることに。
あまり空腹ではないという雄作以外のメンバーは、ここで食事を摂りました。
が、その食事に満足できなかったのがタッキー。
「しまった!休憩せんのやったら無理にここで食べる必要なかったんや。恵那峡の高山ラーメンまで我慢すべきやった・・・!」

食事を終えたあと、携帯WEBで休憩所を探します。
山中湖近辺のスーパー銭湯はどこも24時間営業ではないようで、
「なんで24時間営業でないとこがスーパー銭湯名乗ってんねん」
とスーパー銭湯大好き山さんはご立腹。
田舎では需要がないんでしょうか。
しかし、健康ランドは地方でも24時間営業のようです。
会場から約40kmに位置するナントカ健康センターで休憩することに決定し、一行は多賀を発ちます。

そして次の中継地は岐阜県『恵那峡』
多賀で食事を見送った雄作に対し、しきりに高山ラーメンを勧めるタッキー。
タ「いや雄作さん、せっかく恵那峡で食事するんですから、絶対高山ラーメンですよ」
雄「ん~、どうかなぁ・・・」
タ「ホント、食べないと絶対後悔しますよ?」
雄「でもなぁ、ラーメンて気分じゃないんだよねぇ」
タ「いや、食ったら絶対うまいですって」
雄「・・・・・・やっぱファミマにしますわ」
ファミリーマートへ消えていく雄作の背中を、名残惜しそうに見送るタッキー。
「雄作さんがラーメン頼んだら一口もらうつもりやったのに・・・・・・!」

各々軽食や飲み物を買い足し、一行は恵那峡を出発しました。

2009.08.12

山中湖は五里霧中につき・・・ その3

7月23日、神戸チキンジョージでのライブ当日。
つまり、出発の2日前ですね。

ふと気になっていたことを山さんに訊いてみました。
「今回の移動は、グランドキャビンですか?」

私たちは遠征の際、レンタカーを使用します。
大阪組等5~6人ぐらいで移動する場合はハイエースの直角シート、7人以上で移動する場合はハイエースのグランドキャビンを使います。
直角シートは荷物が多く載り、レンタル料も安く、燃料費も安いんですが、座席の質が非常に悪いので、乗り心地は最悪です。
前回12日の移動で使ったのですが、ただ乗っているだけで全員ヘトヘト。
本来は3人×3列の9人乗りですが、前回は6人移動だったので、スペースの余裕がありました。
それでもヘトヘト。
足を伸ばせないので、膝はギシギシ。
変な姿勢が続くので、腰やら背中も変に痛みます。
山中湖への移動は、メンバー+タッキーの8人なので、直角シートだとスシ詰め状態になってしまいます。
タ「次の山中湖はグランドキャビンでいきますから!」
と豪語するタッキー。

しかし、安請け合いが固有アビリティ(能力)のタッキーに対しては、こまめな確認が必要です。
で、先ほどの質問の答えですが
山「それがねぇ・・・。土日はグランドキャビン出払ってて、借りれんそうですわ」
まぁ、そんなことだろうとは思いました。
タッキーいわく
「いやぁ、やっぱりフジロックと被ってるからですかねぇ。完全に想定外ですわ」
その言葉を伝え聞いた総帥の反応
阿「またそういうテキトーなことを・・・。堀江からフジロックに行くヤツはそう何人もおらんやろ?単に手配が遅かっただけやん」

結局、直角シートにスシ詰め状態で移動することになりました。

2009.07.29

山中湖は五里霧中につき・・・ その2

7月12日、渋谷7thフロアでのライブ当日。
リハーサル中にフェスの最終決定事項が通達されました。
「出演は7月26日16:10~プレイフィールドカフェにて」
ちょうど2週間前になって、やっと告知出来たのでした。
 

出演日が予定とは異なったものの、もとより両日とも滞在することになっていたので、予定にそれほど変更はないはずでした。
しかし、執行部から新たなお達しが。
「25日は行っても意味ないので、26日に会場入りしましょう」
あれ?セッション三昧は?
「ん~、たぶんなさそうですね」
短期間で話が二転三転するのは13プロジェクトの特徴ですね。
 

しかし、ここでうれしいお知らせが。
「主催者側のご好意により、26日は宿に泊まれることになりました」
 

それに伴い移動行程にも修正が必要になりました。
その際の、タッキーと山さんの打ち合わせ。
山「25日の夜に出発しようか。会場近くのスーパー銭湯か健康ランドで休憩して、昼ごろに会場入りで」
タ「そうですね」
山「じゃあ、26日は終わり次第自由行動ということで。残りたい人は残って、帰りたい人は帰るようにしようか」
タ「え?なに言ってるんですか、山さん。せっかく宿を用意してくれるんですから、全員で泊まりましょうよ」
山「いや、それはそうやけど、次の日予定が入っている人もいてるんちゃうかなぁ?帰りたい人は帰ってもええんちゃう?」
タ「そんなアホなヤツおりませんて!全員で泊まりましょう!向こうにも人数つたえときますからね」
山「ああそう?まぁ、ええけど・・・」
 

そして後日。
申し訳なさそうに山さんへ近づくのはタラ。
タラ「あの・・・山さん。俺27日昼から予定があるんですが、一泊して東京に帰れますかねぇ・・・?」
山「ほらぁ!やっぱりそうやん。こういうことがあると思とってん!!」
タラ「すんません・・・」
山「・・・しゃあないなぁ、ほな朝イチで駅まで送りますわ」
しかし、それだとお互いがしんどいだろうということで、結局タラは終演後に現地離脱することになりました。
 

というわけで、改訂版の移動行程です。
22日:大阪集合→スタジオリハーサル
23日:神戸チキンジョージにてライブ
24日:アップルストアにてライブ→一時解散
25日夜半:出発→翌日未明休憩
26日午前中:移動→午後:会場入り→ライブ→タラ離脱→宿泊
27日午前中:出発→東京居残り組離脱→大阪組帰還
 

少しはマシになりましたでしょうか・・・。

2009.07.28

山中湖は五里霧中につき・・・ その1

09年7月25-26日にかけて行われた『Mt.FUJI Music Festival』への出演に至る紆余曲折をレポートしたいと思います。
レポーターは皆様ご存知、トラベルプランナー・ヒラオでございます。


 

Mt.FUJIミュージックフェスティバル出演決定の報を最初に聞いたのは4月ごろだったかと思います。
「詳細は不明だが出演自体は決定」
とのことでした。


しかし、待てど暮らせど続報はなく、7月25~26日かけて行われるイベントのどこかに出演する、というなんとも大雑把な情報を公開するわけにもいかず時は経ち・・・。
やっと届いた続報が
「25日15時あたりが有力」
とのことでした。
ただ、執行部から
「会場のそこかしこでセッションが行われとると思われるので、25-26日とも滞在し、セッションに参加するなり何なりしてフェスティバルを堪能しましょう」
とのお達しがあったので、どちらの日に出演が決定するにせよ、両日とも会場近辺に滞在しよう、ということになったのが7月初頭。


さて、そこで問題になってくるのが宿泊方法です。
近くに宿をとるか、それともテントをはるか、車で寝るか。。


一昨年のフジロックでの惨状を思い、宿をとりたいと申し出たのは、雄作、阿守、軍司とスタッフのタッキー。
車中泊で問題ない山さん、懐の寂しい真鍋、体さえ伸ばせればどこでも眠れる『眠りの右大臣』平尾、左記すべての要素を兼ね備えた『眠りの左大臣』タラはテントなり寝袋なりで泊まることに。


ところが7月上旬も終わりかけた頃、軍司から一本の電話が。
「5人部屋取りたいねんけど、平尾一緒に泊まる?」
との申し出があったので、私はそちらに泊まることにしました。


この時点で決まっていた移動行程は、相当ヘヴィなものでした。
22日:大阪集合→スタジオリハーサル
23日:神戸チキンジョージにてライブ
24日:アップルストアにてライブ→終了次第出発
25日未明:名古屋、社長宅にて休息→午前中に出発
25日午後:会場入り→ライブ→宿泊
26日:セッション三昧
26日夜半:移動→帰還


本当にこの行程を乗り切れるのか、不安になりました。