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2010.11.04

鬼録 番外編

やあ、みんな。
俺だよ。
マキシマム平尾だよ。

ようやく3rdのCDが発売したね。
CD買った方はわかると思うが、非常にいいジャケットではないだろうか?
そのジャケット、出来るまでに結構な紆余曲折があったのだよ。
なので、今回は番外編と称してジャケット完成にいたるまでの経緯を簡単に書いていこうと思う。

それではいってみよう。
 
 
マスタリングも終了し、タイトルも決定。
あとはジャケットが出来上がれば量産開始という段階となっていたが、そのジャケットがなかなか出来ない。

タチカワさん、タッキー、阿守の間で何度もメール・電話でのやりとり、会合が繰り返されたが、なかなか進展を見ない。

阿守いわく
「日本にない色彩を取り入れたい」
とのことだが、それがなかなか難しい。
正直、美術に疎い俺には全くその意図が理解できなかった。

百聞は一見にしかず。
正確にいつだったかは覚えていないが、移動中の車の中でのこと。
阿守が「こういう色が欲しい」という写真をネット上で発見していた。
それをタッキーとタチカワさんに送っており、タッキーのパソコンでその写真が表示された。

なるほど、阿守の言わんとしていることがなんとなくわかった。

「で、これがタチカワさんから送られてきたサンプルです」
その写真を元に、手元の素材から似たようなもの探してつくったものらしい。
「ん~、近いところまで来てるんだけど、ぜんぜん違うんだよね」
タチカワさん側でもその点は分かっているようだが、手元の素材ではそれが限界だということだった。

「ならその写真、そのまま使えばいいじゃないですか」
と雄作がつぶやく。
鳩が豆鉄砲をくらったような顔でお互いを見るタッキーと阿守。

そこで早速、『タッチパッドの魔術師』ことタッキーが、移動中の車の中、手元のパソコンで合成を始める。
「まぁ、大雑把なんでアレなんですが、こんな感じになります」
「いや…これだよ。まさにこれだよ!僕が求めていたのは!!」
というわけで、「参考写真と合成したらイメージ通りに仕上がりました」とタチカワさんに報告。
すると、2つの問題点を挙げられる。

・著作権
・解像度

阿守が見つけてきた写真は、インターネット上に公開されていたものであり、その著作権は撮影者に帰属する。
そして、写真をインターネットに公開する際、データが大きくならないよう、サイズを小さくしているので、モニタで見る分にはそれほど問題もないが、印刷に耐えられるクオリティではない。

そこでまた阿守とタッキーがうんうん頭を唸らせていると
「本人連絡すればいいじゃないですか」
と雄作が一言。
「しかし、許可がとれても解像度が…」
「だから、写真の元データごともらえばいいじゃないですか」
「あ・・・」
たしかその場に軍司がいなかったので、連絡は後ほどということになった。

その翌日だか翌々日だかが、ライブだった。
「平尾、訊きたいことがある!」
セッティングしようとしたところに軍司が現れた。
「これ、阿守に頼まれて、写真家のページまでは見つけてんけど」
パソコンのモニタにはその写真家のサイトが表示されている。
そこではその写真家の作品が販売されていたが、その中に例の写真はなかった。
「でな、メールで問い合せたいねんけと…」
とサイトからの問い合わせを実行しようとすると、メールソフトが起動し、セットアップ画面が表示される。
「俺、フリーメールやから、メールソフトの設定してないねん」
メールソフトでのセットアップが終わっていれば、メッセージ作成画面からメールアドレスを確認できるのだが…。
「どうやってアドレス確認したらええん?」

「とりあえずその邪魔くさいメールソフト閉じたまえ」
「はいはい」
「ポインタをリンクに合わせて」
「ほうほう」
「で、ここ」
とステータスバーを指差す。
「この[mailto:]以下が宛先」
「おお!さすがマキシマムさんだぁ!!」

無事相手先のメールアドレスを入手した軍司は早速メールを送る。

さて、写真の使用といえば、たしかU2だったか誰だったか、気に入った写真をジャケットに使おうとしたところ、撮影者から一切の加工を禁じられ、バンド名すら入れられなかったという話がある。
今回の写真使用、変にもめなければいいのだが…、と思いつつ返事を待つ。

しばらくたって先方から返事があった。
写真家はフィルというアメリカ人で、写真はモロッコで撮ったものだという。
そしてフィルが出した条件は

・加工でも何でも好きにしてくれ
・金はいらんからCDくれ

以上。
さらに彼からの要望
「アメリカツアーをやれ。俺はいい写真を撮るぞ!」

この時点締切りまであとわずか。
急ピッチでジャケット作成が進められ、仕上がったのは印刷入稿タイムリミット直前だった。

そして、ジャケットのサンプルが出来たのが10月初頭。
ちょうど東京でのライブ前日だかでメンバーがそろっていたので、サンプルを持ってタチカワさんが現れた。
予想以上の出来に、一同感嘆。
「いやぁ、それにしても、これはなかなか上等な紙ですなぁ」
「これじゃないとちゃんと色が出ないという、デザイナーからの要望でねぇ。まぁ、ちょっと高いんだけど」
ともかく、なんとか発売日に間に合うタイミングでのプレス入稿が出来たのだった。

思い返せばいろいろと偶然がうまく回ったと思う。
すこしでも歯車がずれていれば、おそらくこのジャケットは出来上がらなかっただろう。
音源同様、会心作である。

2010.10.28

鬼録5

やあ、みんな。
俺だよ。
マキシマム平尾だよ。

鬼録もいよいよ今回で最終回だ。
書こうと思えば、2週に分けて書けないこともないんだが、発売日前に終わっておいたほうが美しいだろうと思ったのでね。
多少長くなっても、今回で終わりにしようと思う。

では鬼録最終回、いってみようか。
 
 
5月5日深夜に大阪を出発した阿守・山本・平尾の3人は、愚かしいことに北陸を経由し、5月6日の午前10時だか11時だかに自由が丘アライブスタジオへ到着した。
疲労の極にあった3人は、スタジオの駐車場に車を停めて車内で仮眠。
12時に現れた雄作に起こされ、スタジオに入った。

その日の三人はまさに生ける屍状態。
それでもなんとか気を張ってこれまでの状況を確認しようとしていた。
基本的に無表情で、目が座っている。
感想を聞いても生返事。
なんというか、非常に機嫌が悪いように見える。
タッキーいわく
「平尾さんと山さんは死人。総帥は人殺しみたいな顔してました」
本人たちは単純に眠気を我慢しつつも、東京で頑張ってるみなさんに失礼の無いよう、ちゃんとテイクの確認のしようとしていただけなのだが。

翌日には打って変わって明るい表情になった阿守を見て、昨日は恐ろしくて声をかけられなかったというタッキーが、阿守に問うた。
「総帥、昨日は機嫌悪かったんですか?」
「いや、別に?」
「凄い怖い顔してましたよ」
「そう?移動で疲れてただけじゃないの?」
「いやいや、それにしても異常でしたよ?」
「はっはっは。実はねぇ、いろいろあってねぇ。山さん、説明してあげてください」
と、ここで初めて北陸経由の移動行程を明かした。
「……アンタらホンマ、アホやろ?」

5月9日にはライブがあるので、7-8日の内に全行程を終わらせておきたいところだ。
ライブ終了後の夜には阿守・平尾・山本に加え、軍司も大阪に帰ってしまうので、関西組の作業を優先的に行う。
関西での録りこぼし分や、追加トラック等の録音作業はそれなりに順調だったが、やはりというかなんというか、雄作と真鍋の作業が少し残ってしまった。
「今日録ってしまおや。な?」
「ダメです。時間ないです。それに、今日はもういいテイク出ないでしょう?」
「ほな、今あるテイクでなんとかしてぇや」
「いやいやいや、ダメでしょう」
「わかった!俺の曲なしでいこう!な!?」
「それこそ絶対ダメでしょうが!!」
「来なアカンかぁ…」
「あきまへんなぁ…」
と、真鍋が軽くタッキーに駄々をこねてみたが、抵抗むなしく、ライブ翌日の作業再開が決定した。

5月9日
ライブ終了後、高速道路特別料金を適用するため、深夜0時までに高速道路に乗りたい関西組は、薄情にも打ち上げ会場に雄作と真鍋を残し、さっさと帰ってしまった。
その夜の打ち上げがどういったものか、俺は詳しく知らないが、翌10日には二人そろって遅刻したというのだから、推して計るべし、といったところか。

多少なりとも酔いが残っていたのがよかったのか、開き直ったのが良かったのか、その日はいい具合に力が抜けて、非常にいいテイクが録れたらしい。

レコーディングにおける録音作業は全行程を終えることが出来た。
だからといって、めでたしめでたし、といわけではない。
録音が終わったあとは、ミックス(調整)→マスタリング(仕上げ)という非常にやっかいな作業が残っているのだ。

これまでの作品は基本的に雄作がミックスに立ち合い、たまに阿守が確認するというものだった。
「立ち合えと言われれば立ち合いますけど、それじゃ今までとあんまり変わりませんよ?」

今回のレコーディングは、これまでにない作品を、と意気込んで始めたもので、録音作業に関してはこれまでになく満足のいくものだった。
しかし、ミックスというのはなかなか奥深いもののようで、録れた音がどういうものであれ、ここでやらかしてしまうとこれまでの苦労が水の泡、ということにもなりかねない。

そこで、なんとかならないかと阿守と東京のエンジニア・タキザワさんが話し合った。

「なるほど!わかりました。リーダーの言いたいことは、ワタクシ不肖タキザワめがすべて理解いたしましたゆえ、後々のことはすべてお任せ下さいまし」
そういうわけで、ミックスはタキザワさんに一任することとなった。

タキザワさんの空き時間を中心にこつこつとミックス作業は進められた。
雄作が時々様子を見に訪れることもあったが
「任せて安心」
との報告を受け、メンバースタッフ一同、大いに安堵した。

そして、ミックスが終わり、デモ音源が一同に配られる。
「こちらの思惑はすべて通っているし、さらにタキザワさん独自の解釈も垣間見える。期待通り、いや期待以上の出来だね」

3rdアルバムの音源が完成した。

鬼録・終
 
 
 
 
蛇足

「総帥、アルバムのタイトルと、まだ決まってない曲のタイトル、決めてください」
「わかったよ。少し待っていてくれ」

「総帥、タイトル、決まりましたか?」
「大丈夫。ちゃんと考えてるから」

「総帥、そろそろ…」
「もう少し待って!あと少し…!」

「総帥、いい加減にしないとやばいですよ」
「わかってる…わかってるからもう少し待って…!」

「総帥、いよいよやばいです」
「わかった。これでどうだい?」

「総帥、ボツでした」
「じゃあ、これでどうだ!」

「総帥、『ヒステリア』っていうのは響きが悪いそうです」
「そうか…じゃあ『ヒストリア』でどう?」

「総帥…オッケーです」
「ほ…よかった」

タイトルは<HISTORIA★SIBERIANA>に決定。

2010.10.21

鬼録4.5

やあ、みんな。
俺だよ。
マキシマム平尾だよ。

今回は「鬼録04.5」と称して、半分番外編としてお送りしたいと思う。
なので、面倒であれば読み飛ばしていただいて結構。
では早速いってみよう。
 
 
関西でのレコーディングが終わったあと、本来はある程度の期間を置く予定だったが、関西でのレコーディングが『予定通り』遅れてしまったため、ほとんど間を置かず関東でのレコーディンが始まった。

関西で録り終えたトラックにヴァイオリン・ディジュリドゥほか小物を重ねるのがメインの作業となるが、他にも軍司のピアノ曲や真鍋のソロ作品も関東での録音となる。
さらに、関西での録りこぼし分も録らねばならないので、最終的には全員が関東のレコーディングスタジオに集合するのだが、まずは雄作とタラから作業に入る。
そこから数日遅れて真鍋と軍司が入り、さらに遅れて阿守・山本・平尾が合流する。

関東でのレコーディングがどのような状況で行われたのか、残念なが俺は知らない。
気がつけば数日が経ち、関西居残り組の出発日となった。
三人の移動に関しては、これをテーマにした映像作品があるので、そちらを参考にしていただければと思う。

ただ、本当にしょーもない作品であり、オフィシャルに載せるのもはばかられるので、申し訳ないが検索結果の記載のみで勘弁願いたい。

Google動画検索「HILAO」

2010.10.14

鬼録4

やあ、みんな。
俺だよ。
マキシマム平尾だよ

先週は申し訳なかったね。
こういうことになるから原稿をストックしとけという話なんだが、こればっかりは性分なんでどうしようもない。
と、偉そうに弁明してみる。

さぁ、鬼録第4回いってみようか。
 
 
4月末週から5月の初週にかけて、世間様がゴールデンウィークと称してなにやら楽しく過ごしている時のこと。
我々は薄暗いスタジオでの、不健康な生活を余儀なくされていた。

まずは関西組が先行して作業を行なう。
リズム隊やギター、ピアノの伴奏のレコーディングを終え、あとは関東でヴァイオリンやディジュリドゥ他小物、その他の録りこぼしのレコーディングを行う。

レコーディング開始から数日たつころ、スタジオには栄養ドリンクやらコーヒーの買い置きやらが充実してくるようになった。
「これ、誰が持ってきてくれたん?」
「俺だよ。マキシマム平尾だよ」
「ええ!?マキシマムさんがぁ!!?」
渋ちんで名を馳せた俺の粋な計らいに、一同驚いたようだが、これには少し事情がある。

少し前のこと。
とある占い師のラジオ番組に、俺と阿守とでお邪魔した。
その占い師に
「あなたはケチケチせずに散財なさい」
と言われたので、それを真に受けて実行しているのだ。
ただ、現在は元の渋ちんに戻っている。
人間、ない袖は振れないらしい。

とはいえ、上記のように気を使おうが何をしようが、レコーディングの採点が甘くなることはない。
というか、甘くなっては困る。

最初は和やかに始まったレコーディングも、予定通り殺伐としたものになる。
「なんだいそれは?全然ダメ。やり直し!大体さっきから君が叩く8ビートはダサいんだよ!!」
「屋上へ行こうぜ……久しぶりに…キレちまったよ…」
しまいには殴り合いに発展することも珍しくはなかった。

俺と阿守とで殴り合いをしている傍らには、せっせとベースのメンテナンスにいそしむ山さんの姿が。
今回、曲によってはエレクトリックベースを使っているのだが、そのベースの音程がなかなか定まらず、録ってはメンテ、録ってはメンテを繰り返し、山さんはレコーディング以外のところでも疲労を強いられていた。

真鍋は真鍋で、ビールを片手にゆらりと現れるや、
「どないや~?」
とレコーディングの進行状況を確認。
自分が入れそうなところに音を入れ、一段落すると
「ほなまた来るわ~」
とそのままどこかへ姿を消す。
ということを不定期に繰り返していた。

「小野さん…小野さん…!」
とスタジオの入口から顔だけ出して、小声で小野コウジを呼ぶ軍司。
「これ…お願いします」
とUSBメモリを手渡す。
USBメモリから自身のパソコンにデータを読み込んだ小野コウジは、それを軍司に返す。
「…また来ます」
軍司はどこぞで孤独にレコーディン作業を行っているようだった。

一同血みどろになりながらも、予定より2~3日無理やり延長し、関西組の作業は9割がた終了した。
あとは関東へ持ち越しとなる。

2010.09.30

鬼録3

やあ、みんな。
俺だよ。
マキシマム平尾だよ

なんとなく始まってしまったので説明を忘れていたが、この記事のタイトルは「おにろく」と読む。
まぁ、実際のところどう読んでくれてもいいんだがね。

では鬼録第三回、いてみようか。
 
 
プリプロダクションという作業がある。
大雑把に言うと、レコーディングの準備作業だ。
ギターを何本重ねる、とか、パーカッションはどれを使って何トラック必要、とかいうのを決める作業であり、本来は曲が出来上がってから行う。
しかし、シベリアンの場合はいつもこのプリプロダクションの段階で曲作りが始まる。

この時点で、アルバム収録予定で発表済みの曲は3~4曲程度だったか。
12~14曲ほど収録予定だったので、あと10曲は作らねばならない。
無論、プリプロダクションの日程が決まったあと、それまでの間ぼんやり待っていたわけではないので、作業開始時に曲数だけは揃っていた。

プリプロダクションに当てられた日数は3日。
その間に、プロトタイプとなるデモ音源を作る。

この作業は、なんというか、嵐の前のなんとやら、という状態だった。
作曲者の意図に従い、大まかに編曲を行っていく。
ある程度ぼんやりと形が見えてくると

「じゃ、あとは宿題ということで」
「つぎ行ってみよー」

という感じで作業はどんどん進んでいく。
あぁ…これはあとでシンドイことになるだろうな、と思ってはいても、時間が限られているので次に進まざるをえない。

あれよというまに3日は過ぎ、なんとか大雑把なデモ音源が出来上がった。
以降、レコーディング本番までに、各々が自分のパートを仕上げなければならない。
これはなかなかどうして結構なストレスだった。

実はこのプリプロダクションに、タラは参加していない。
今回のデモ音源はタラに送られ、タラの音が入ってプリプロダクションは完了となる。

クォークスタジオでの作業が終わってしばらくたったある日のこと、タラの電話が鳴った。
雄作からだった。
「さっさとウチに来い!!」
「え?あ、はい…」
タラはワケも分からず土屋邸に向かった。

そこに鎮座していたのは、悪鬼の如きオーラを放つ土屋雄作その人だった。
プリプロダクション後のアレンジやらなんやらでストレスが積み重なり、精神状態がエライことになっているようだが、タラにその事情はわからない。
「楽器は?」
「え?」
「さっさと楽器の準備しやがれっ!!」
ワケも分からず飛んできたため、タラは手ぶらだった。
「出直してこい!!」
半泣きで楽器を取りに帰ったタラは、持てる限りの楽器を持ち、土屋邸に引き返した。

雄作に急かされるまま、それぞれの曲に自分のパートを重ねていく。
そして、作業が終わるや
「さっさと帰れ!!」
と叩き出された。

その日の東横線。
大きな中華鍋(のようなもの)や長い棒状のもの、ほかにも多くの荷物を抱えながら、列車の隅でうずくまっておいおいと泣きじゃくる奇妙な東洋人の姿を、多くの人が目撃した。

それから数日後。
雄作からの着信。
「あ、タラさん?こないだはお疲れ様でした。軽くミックスしたんでまた送っときますね」
「あ…うん」
「なかなかいい感じじゃないですか~」
「え…そう?」
「じゃ、本番RECお願いしま~す」
「お…おう」

こないだのアレは一体なんだったのだろう…?
なんだか涙がこみ上げてきたので、タラは考えるのをやめた。

2010.09.23

鬼録2

やあ、みんな。
俺だよ。
マキシマム平尾だよ。

2週連続で投稿してしまったから、これはもう週刊連載ということなんだろうか。
ただ、原稿のストックはないから、いつ休載してもおかしくない状態だ。
できるだけ休まないようにするつもりだが、忙しくなったらサクっと休むのであまり気にしないで欲しい。

それでは鬼録第2回、いってみよう。
 
 
レコーディングは決まったが、相変わらず懐事情は厳しい。
可能な限り低予算、短期間でクオリティの高い作品を作らねばならない。
いつもどおりしんどい現場になることは目に見えており、そのしんどい現場に付き合ってくれるエンジニアが必要になる。

関東組の滞在費もバカにならないので、今回は関西と関東で2回に分けてレコーてディングすることが決まった。
関東はタチカワさんが何とかしてくれることになったので、関西での人材探しだ。
といっても、こういう現場に呼べる人物は限られている。
否。
一択といっていい。

南堀江クオークスタジオ
主の小野コウジはいつものようにスタジオで雑事をこなしていた。
そこへ、来訪者があった。
「おう」
と声をかけた先にいたのはタッキー。
軽く挨拶の言葉を続けようとしたところで、口をつぐむ。
タッキーの後ろに新たな人影が現れたからだ。
出来れば一生お目にかかりたくない男…。
阿守孝夫その人だった。

「やぁ、小野さん。お久しぶりです」
「なんん用やか?」
小野コウジは阿守のあいさつを無視し、タッキーに声をかける。
「実は小野さん、お願いが」
「やらんけん」
「あ…いや、その、ちょっと話をですね」
「聞かんでもわかるちゃ。どげんしぇ、シベリアンんこつやろ?」
「あ、いや、はい。そう…ですね」
「お前らぁシンドイこつばやらしぇて、銭はじぇんじぇん払わん」
「いや、話だけでも!!」
そういって、タッキーは手短に事情を説明した。
「なんば言うても無駄ばい。おれは二度っちシベリアンんこつはやらんけん」
「そこをなんとか…!!」
そういってタッキーは膝を折ろうとするが、それを阿守が制した。
「これこれタッキー。大の男が簡単に土下座なんてするもんじゃないよ」
阿守は一歩前に出て小野さんと対峙した。

「まったく、アナタも困った人だ…。やりたくないというなら仕方がない。しかし、その前にひとつ質問があります」
「なんや?」
「アナタは一体誰なんだい」
「……?」
「アナタは誰かと聞いているんですよ」

「……小野コウジばい」

「そうでしょう?小野コウジでしょう!?小野コウジと言えばシベリアン!シベリアンといえば小野コウジじゃないですか!!」
「ふむぅ…」
「ね?そうと決まれば話は早い。早速日程を…」
「待ちぃ!…お前はそうやっち、いつでんワケのわからん論法で人ば煙に巻くばってん、そーはいかんちゃ!!」
「おやおや…」
「とにかく、おれはやらんけん!!」

「……しょうがない。いやがる人間を無理やり引きこんでも仕方がないね。タッキー、他をあたろうか」
「え…?総帥、いいんですか?」
「今回はメンバー、スタッフともにかなり気合が入っていているからね。中途半端な覚悟で参加されてもこっちが迷惑だよ」
「いや、でも…」
「なんせ、製作が無事に終わるよう、音楽の神さまに生贄を捧げようなんて過激なことを言い出す輩までいるんだからねぇ」
「…アホらし。付き合いきれんばい」
「そうそう、生贄といえば昔から幼い命と相場が決まっているとかなんとか…。おや?そういえば小野さん、お子さんが二人いらっしゃいましたよねぇ…」
「……!!」

「さて小野さん。僕たちは優秀なレコーディングエンジニアを探しています。お心当たりは?」
「……地獄ば覚悟しとけ」
「よろしい。タッキー!小野さんと日程の調整を。あとは任せたよ」
阿守はそう言い残すと、さっさとスタジオを出て行った。

2010.09.16

鬼録1

やぁ、みんな。
俺だよ。
マキシマム平尾だよ。

3rdアルバムの発売日も決まったことだし、そろそろレコーディングレポートでも書こうかと思う。
…とはいっても、もう随分前の話だし、こまめにメモなんかとってるわけもないので、残念ながらうろ覚えだ。
たぶん、テキトーに嘘が混じってくるので、このレポートに関してはあまり真に受けないで欲しい。
マキシマムからのお願いだ。

では、早速始めるとしよう
 
 
2010年 春 大阪市内某所
その日、13PRJECTの全体会議が行われた。
メンバー7人の他、社長、参謀・ナカハラさん、1stマネージャー・ゲン、2ndマネージャー・タッキーの計11名が参加していた。
『定期的に』『全員が集まって』今後の活動方針を定めるための会議だが、なぜか『不定期に』かつ、なかなか『全員が揃わない』不思議な会議だ。

細々としたスケジュール確認の後、タッキーから重大な事実が告げられた。
「え~、みなさん。年内に3rdアルバムを発売することになりました」
ざわ…ざわ…、と会議室に動揺が広がる。
そんな中、まず異を唱えたのは雄作だった。
「待ってください!3rdアルバムはゆっくり時間をかけて作ろうって話、前にしましたよね?」

ASIATIC SPY、COMICAL SALUTEとも、まず大まかな発売時期が決まり、その後は缶詰状態で仕上げた作品だ。
どちらの作品も完成度に対して不満はないが、その過程において地獄のような日々を過ごしたことは、メンバーにとって思い出したくない黒歴史となっている。
なので、3rdアルバムに関しては、缶詰状態で作るのではなく、少しずつ録りためて、ある程度たまったらそこからアルバムのテーマに合わせて曲を取捨選択するといった作り方が出来ればいいね、なんてことを、メンバー同士で少し前に話し合ったばかりだったのだ。
「僕は反対です!」
そこへ、阿守の言葉が続く。
「タッキー、ちょっと事情説明してあげて」

そこでタッキーからの事情説明が始まった。
「え~、みなさん。流通でお世話になっているタチカワさん、ご存知ですよね?最近よくライブにも顔を出しておられます。そのタチカワさんが、是非シベリアンと一緒にやりたいと仰られてまして」
「ちょっと待ってください。流通会社の人が、なんで製作に絡んでくるんですか?」
「それがね、なんやかんやでレーベルの人になりそうなんです。で、シベリアンの3rdは是非タチカワさんの所属するレーベールから、との要望なんです」
「なんやかんやってなんですか、なんやかんやって!」
雄作の反論に対しては、ナカハラさんが答えた。
「雄作くん、なんやかんやは、なんやかんやです」
「ぐっ…!」
「実はね、僕とタッキーで既にタチカワさんと会って話をしてあるんだよ。かなりやる気になってくれているんで、僕としてはそれに応えたいと思っている」
「ただ、タチカワさんからひとつ条件が出されてます」
「条件?」
「はい。3rdアルバムは、シベリアンの代表作となるようなものにして欲しい、と」
「ま、メタリカで言うところのブラックアルバムみたいな感じかな」
「だったらなおさら時間が必要じゃないですか!なんで年内なんですか!?」
それに対しては、社長が答えた。
「雄作。大人の事情や」
「なん…だと…?」

他のメンバーからは特に反対意見も出なかったので、3rdアルバムの製作は年内発売を目標とすることで決定した。

2009.09.18

山中湖は五里霧中につき・・・ その8

阿守が軍司どののいる隣の部屋に行くようだったので、私もついていきました。
そういえば来る途中の車の中で、軍司どのが
「トランプもって来たぞ!ヒマになったら大富豪でもせんか」
と嬉しそうに語っているのを思い出しました。
「おい、軍司、起きぃ。大富豪するぞ」
枕元から寝ている軍司どのを蹴り起こす阿守。
身から出たサビといいうにはあまりにも不憫。

ワケのわからぬまま蹴り起こされた軍司どのが起き上がるのを待たずに部屋へ帰る阿守。
この辺りは長い付き合いですから、あとは放っておいても部屋に来るのはわかっています。
案の定、眠い目をこすりながらトランプ片手に私たちの部屋へやってきました。
「お前は早よ寝たかもしれんけど、俺は温泉行ってたから、まだ1時間も寝てないんぞ」
と文句をいいつつも席に着く軍司どの。
「俺だけ起こされるんも腹立つから、タッキーも蹴り起こしてこいや。俺を起こしたみたいにタッキーも蹴り起こしてこいや」
と阿守を促す軍司どの。
「蹴り起こすとか言わんといてくださいよ」
軍司どのの言葉を聞きつけたのか、向かいの部屋から訪れるタッキー。
蹴り起こされるぐらいなら、と自ら足を運んだようです。
さすが。
さらに、隣の部屋から山さん登場。
阿「お、山さんどないしたんですか」
山「いや、ちょっと見学に」
阿「見学とかないですよ。座ってください」
山「はい・・・」
山さんも強制参加。

大富豪(大貧民と呼ばれることもあるようで)の始まりです。
メンバーは平尾・阿守・山さん・軍司・タッキーの5人。

実は私、大富豪はほぼ初めてでして。
子供の頃にやったことがあるかもしれないのですが、あまり覚えてないです。
なので、ローカルルールについてなにやら取り決めを行っていたようですが、よくわかりませんでした。
とりあえず全部アリみたいなこと言ってたように思います。
勝敗はポイント制で決定。
大富豪+2、富豪+1、平民0、貧民-1、大貧民-2
10ポイント先取で優勝。

第1ゲームで早速大貧民になる私。
最初の大富豪はタッキーでした。
『大富豪は大貧民に命令できる』
というルールがあり、
「ほな平尾くん、コンビニにパシってもらおか」
との命を受けました。
1人だとロクに荷物も持てないだろうということで、次のゲームの大貧民が決まれば、2人でコンビニへ買い物に行くことになりました。
「ああ・・・。パシリなんて言うんやなかった・・・」
第2ゲーム終了後、タッキーと2人でトボトボとコンビニへ行きました。

何回かやる内に私もルールを把握してきました。
で、なぜか私は『スティーブ・ジョブス』と呼ばれるようになりました。
阿守いわく、熟考している姿がジョブスみたいだ、と。
阿「ジョブス・ロジックが完成したら、この男は手がつけられんようになるぞ!」
結局、ジョブス・ロジックなる必勝パターンは完成せず、私は最下位でした。
順位はよく覚えていませんが、確か1位は阿守だったような・・・。

結局朝の4時ごろにお開きとなりました。

朝、帰りの車にて
雄「いやぁ、人の笑い声で夜中に起こされる経験なんて、なかなかないですわ」
阿「あら、起きてたん?来たらええのに」
雄「行きませんよ!」
軍「こいつ(阿守)ひどいで。俺ほとんど寝てないのに蹴り起こされたし、平尾起こすときもお前平尾の周り踊ってたんやろ?」
阿「そやな」
おや、新事実発覚です。
私は、阿守がたてたわずかな物音による不可効力で目を覚ましたつもりだったんですが、どうやら最初から起こすつもりでいろいろ画策していたようですねぇ。
で、私が起きるや、さも今までおとなしくタバコ吸ってましたよ、的な顔で
「あ、起こしてしもた?ごめんな」
なんて言ってたんですね。
さらに後日わかったことなんですが、私がまだ寝ている間、阿守は隣の部屋(山さん・真鍋・軍司)へ行って、タバコだけ吸って帰る、という行為をなんども繰り返していたそうです。
夢うつつながら真鍋はそのことに気づいていたようですが、
「こら関わったら寝れんことになりそうや」
と、狸寝入りを決め込んでいたようです。

今回は雄作、タラのほかに、真鍋、山さんも東京に居残るとのことですので、4人とは大月駅で別れました。
帰りは阿守、軍司、平尾、タッキー、ナカハラさんの5人でしたので、往路にくらべてかなり楽でした。
相変わらず、軍司どのが運転の時には大雨に見舞われたりもしましたが、リスクブレイカー難なく切り抜けてくれました。
途中、例のごとく携帯グルメサイトで食事処を検索し、内津峠で食事をとりました。
が、何を食べたのか、まったく覚えてません。

その後、いつものように眠りの神が降臨した私は、気が付けば大阪に帰っておりました。


それでは、山中湖マウントフジ・ミュージック・フェスティバル道中記、無事終了ということでお開きとさせていただきます。

2009.09.09

山中湖は五里霧中につき・・・ その7

急に出番が決まったのですが、我々もフリーライブで慣れたもんですから、意外とスムーズにステージの準備は終わりました。

最初、人はかなり少なかったのですが、30分ほどでかなりの人が集まってきました。
2ステージ分演奏できたおかげで、後半はかなり人が多くなりました。
ありがたいことです。

演奏終了後は速やかに撤収しました。
帰る頃には随分と気温も下がっておりました。

翌日の昼から予定のあるタラはここで離脱。
ほかの面子は主催者の方が用意しくれた宿へと向かいます。

着いた先は民宿でした。
用意されていた部屋は8畳間2つと6畳間1つの計3部屋。
「よし、部屋割りは俺が決める」
と言い出したのはもちろん阿守。
阿「まず、雄作、タッキー、ナカハラさんのややこしい組」
雄「ややこしいって、失礼な・・・!」
阿「やかましわい。で、山さん軍司、真鍋のグダグダ組」
ここは特に文句なし。
阿「ああ、平尾が余ってしまったなぁ。しょうがない。俺は平尾と一緒でいいわ」
雄「ちょっと、そこ一番害がないじゃないですか!」
私は部屋に入ったらすぐ寝ますからね。

全員お疲れモードでしたが、特に酷かったのは真鍋でした。
真「あれ?そういや俺、だいぶ寝てないんちゃう?」
そういえば、昨夜一睡もせず、イベント中も結局寝てないようです。
36時間ぐらい寝てないそうで、もうフラフラでした。
せめて風呂に入ってから寝たほうがいいだろう、と入浴までがんばって起きておりました。

風呂は2種類。
民宿内にある無料の浴場と、少し離れにある有料の温泉。
阿守、平尾、真鍋、山さんは無料の浴場を、雄作、軍司、タッキー、ナカハラさんは温泉を使いました。

阿守は到着早々仮眠を取り、起きた後、さっさと風呂に入ってしまいました。
風呂の順番は、昨日風呂に入っていない阿守から、眠くてしょうがない真鍋、運転でお疲れの山さんの順で、最後は私でした。
阿守は風呂から上がったあと、19時ごろにまた眠ってしまいました。

ちなみにこのあたり、夜はかなり涼しく、エアコンは要らないそうです。
確かに、窓を開けただけでかなり涼しい風が入ってきます。
私が風呂から上がったのは20時ごろだったでしょうか。
あとはかなり快適に眠ることができました。

快適な睡眠のあと、さわやかな朝を迎え、あとは帰るだけ・・・となるはずだったんですが、目が覚めたとき、まだ夜でした。
阿「あ、ごめん。起こしてもうた?」
部屋の隅で阿守がタバコを吸っていました。
どうやら阿守が立てたわずかな物音で起きてしまったようでした。
まだ23時ごろだったので、3時間ほどしか眠っていないようです。

阿「さて、せっかく起きたし、このまま寝るんもアレやろ」
と阿守は立ち上がりました。

「軍司起こして大富豪するぞ」

2009.08.27

山中湖は五里霧中につき・・・ その6

健康ランドから30~40分ほどで会場に着きました。
昼前だったかと思います。
すでにかなりの暑さでした。

機材をどうするのか、タッキーが運営部に問い合わせに言っている間、すでにリハーサルの始まっていたメインステージを覗いてみました。
バックに富士山の見える立派なステージでしたが、私たちが出るのはもう一つのプレイフィールドカフェです。

ステージ近くに車を停めていいということだったので、ステージまで移動しました。
広い草原の中にちらほらと屋台があり、少し離れた位置に小さいステージが見えました。
控え室(テントなんですがね)へ到着したところで、13プロジェクト執行部のナカハラさん(ダジャレが得意)が合流。
機材をおろしたあと、しばらく自由時間となりました。

それにしても山中湖付近はいい景色です。
天気もよく見晴らしも最高。
富士山も綺麗に見えます。
「いやぁ、もう充分満喫できたし、帰ろっか」
といったのは阿守でしたでしょうか。
なるほど、気持ちはわかります。
わかりますが、帰ってはいけません。

各々会場内を散策し始めました。
プレイフィールドには屋台とステージのほかに、車の展示場がありました。
スバルのレガシーに試乗しませんか?と薦められたのですが、免許がないのでお断りし、あとで合流した山さんに試乗の件を伝えておきました。

軍司どのは昨日寝ていないので寝てたのですが、なかなかいい寝場所を見つけたようで、ちょっと眠くなった私は、軍司どのが寝場所を離れた隙に奪いました。
おかげで少し回復できました。
ああ、でも良く考えたら私、昨日十分寝てるんですね。

一方、軍司どのと同じく一睡もしていない真鍋は、主に山さんとぶらぶらしてたようで、車の展示場付近で再会しました。
なにやら記念品をもらっており、訊ねたところ、やはりレガシーに試乗していたようです。
平「どうです、あのハイエースに比べて乗り心地は?」
山「いやぁ、比べ物になりまへんなぁ」
と満足しつつも
山「ただねぇ、むこうの人が一緒に乗ってたんですよ」
平「そらそうでしょう」
山「それがなかったらねぇ・・・もうちょっと攻めれたんですけどねぇ」
真「ちょっと踏み込んだとき、一瞬で表情変わりましたもんね」
何を攻めるのかはわかりませんが、何事もご安全に。

私たちがその辺をぶらぶらと散策しているころ、阿守は木陰でギターを弾いていたそうです。
そこに外国人のおっさんがひとり近寄ってきて
「写真撮らせてクダサ~イ」
と写真を撮り始めました。
「というか、おっさんだれやねん?」
と問うたところ、どうやらメインステージの出演者のようで。
「もうスグ出るかラ見にキてネ~」
というわけ阿守はメインステージへ。
あ、ちなみに上記会話はおそらく英語で交わされたかと思います。

すると、ほかのメンバーも散策に飽きたのかぞろぞろとメインステージ前に集まり始め、気がつけば全員集合。
例のおっさんが参加しているバンドですが、ものすごくカッコよかったです。
カッコよかったんですが、とにかく日差しが強い!
私は結局10分程度でギブアップ。
出演時間が近づいていることもあり、私は控え室(テントなんですがね)へ引きあげました。
私はセッティングに時間がかかることですし、控え室(テントなんですがね)で出来る範囲の準備を、ダラダラと始めました。
こんな暑い日に、キビキビとは動けません。

準備が一段落したあたりで、他のメンバーも控え室(テントなんですがね)へもどってきました。
が、全員日光にやられて真っ赤っ赤。
ただ、雄作だけは赤くなっていない様子。
雄「僕はすぐ黒くなるんですよ」
なるほど、たしかに黒くなっているようです。

出演時間まではまだすこし余裕があったはずですが、私たちの前の出演者が急遽出られなくなり、いきなり出番がやってきたのでした。

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