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2012.09.29

プライベートin 東京

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土曜日ヤマトコであります。

今日はプライベートの用事で東京に来ました。ってゆうより来てました。

知り合いが結婚したんで披露宴に出席してきました。
しかも、一曲弾いてくれって…

まぁ、やっぱり言われました。

ゆっくりしたかったけど、弾き始めたら空気入ってしまって、ガッツリ弾いてしまいました。
更に!今日は三味線の家元の方が来られてて、リハの時に『一緒にやりませんか?』と言われて、やっちゃいました!
スゲー上手い!流石家元です。
やってて楽しかったですよ、人の披露宴で僕が楽しんでしまいました。すいません…


では、大阪に帰ります!!

ではまた来週!

ヤマトコ

写真は近くに『乃木陸軍大将』の家があったので、ついつい写真に撮ってしまいました。

帰って坂の上の雲見よ。

2012.09.28

ここ最近の僕

携帯を変えました、キャリアも変わったのでアドレス移行ができません。と言われ、手打ちでがんばっています。

携帯がパソコンと連動できません。OSが古いそうです。。。ああそうですか、すいませんねぇ。

携帯の方が僕のパソコンより速い気がします。

パソコンのOSを最新にアップグレードすると今使ってるソフトが対応してません。。。ああそうですか。

ちょうどひとむかし前のOSだと両方使えますがもうどこにも売ってません。

携帯を英語モードにして遊んでいたら、僕のRの発音のあまりの悪さに気付く。ほんの少しだけあった自信が砕け散る。

クレジットカードの明細が届き、飲みに行った時に酔っぱらって、全部奢ってた事に気付く。

ネットサービスで楽しみ見てたナショナルジオグラフィックチャンネルをネットサービスを解約し、ケーブルで見ようと契約を変更したら映りがものすごく悪くなった。

そんな日々でした。

軍司

2012.09.27

四天王最後の一角

最近は羨ましいことに親知らずが全く生えなかったり数が少なかったりする人が多いようですね。
ちなみに私は4本あり、3本は抜歯済み。
先日その最後の1本を抜いてきました。
最後にして最強のヤツでした。

そもそも今回歯医者に行ったのは親知らずを抜くためではなかったんです。
左下最奥部の歯茎がここのところずっと腫れっぱなしで、いつか歯医者に行かねばと思っていた所、ようやく重い腰を上げたついでのことでした。
その左下最奥部の歯茎が腫れる原因にも心当たりがありました。
せっかくなので事ここに至る経緯を書いて行きましょうか。

事の発端は8~9年ほど前のこと。
私がまだシベリアンをはじめる前の話で、そのころ私は阿守と地獄警察HELLCOPSなるバンドをやっておりました。
そういえばあれは4/1のエイプリルフールだったような記憶があるのですが、私はそのHELLCOPSのライブ当日朝、ゴミ収集車に激突し前歯を折りました。

その頃私は近所の歯医者で虫歯を治療中だったので、前歯の治療もそこでついでにやってもらうことにしました。
そんな中、何回か通ったあたりで、治療とは関係なく左上最奥部が異常に痛くなりました。
死んだほうがマシ、とはまさにあのことで、さすがに自ら命を断つようなことはありませんでしたが、仮にあの時事故なり事件なりで突然死していれば迷うことなく成仏していたでしょう。
それぐらい痛かったので、前歯の治療中「とにかく左奥の上の歯が痛い」と医師にそのことを伝えました。
あらためそのあたりのレントゲンを取るも痛みの原因になるようなものは見当たらず、すまんがちょっと様子を見てくれといわれ診療は終了。
その日の診療は午前で終わったのですが、午後からいよいよ痛みが増して来ました。
しかし不運なことにその日は午後から休診でした。

痛い痛いと転げまわっていた私を哀れに思った当時のバンドメンバーが、知り合いの歯医者に話をつけてくれて、当時住んでいた布施から大和八木まで電車に揺られて1時間かけて別の歯医者へ行きました。
そこの医師はとにかく麻酔を使いまくる人で、まずは私の申告通り左上最奥部に麻酔を打ったのですが、全く痛みが引く気配がありません。
そこで「・・・下ちゃうか?」と左下最奥部に麻酔を打ちました。
痛いのは明らかに上の歯だったので「このおっさんなにを馬鹿なことをいうとるんじゃ?」と思っていたのですが、下の歯に麻酔を打った途端今までの痛みが嘘のように消えました。
どうやらこういうことはたまにあるようです。

あらためて左下最奥部のレントゲンを取ると原因と思われる黒いシミがはっきり写ってました。
「神経腐っとるな。こら相当痛いはずやわ」
そう言いながらも手早く処置を済ませてくれ、痛みは一切なくなりました。

しかしそれ以降歯痛が異様に怖くなった私は、歯の2~3ヶ月に一度の定期診断を受けるようになりました。
上記2つの歯医者とはまた別の所へ、ですが。
しばらくは特に異常もなかったのですが、2~3年通ったある日のこと。
久々に撮ったレントゲンで、左下最奥部に黒い小さなシミができてました。
「これ、爆弾ですね」
この先放っておいても何もないかもしれないし、ある日突然痛くなるかもしれないし、じわじわ悪くなるかもしれないし・・・。
「ちょっとだけ様子見てみましょうか」
しかしその日を最後に、私は定期診断に行かなくなりました。
引越して遠くなったので通うのが面倒臭くなったんです。

それからしばらくは何事もなかったのですが、今から1~2年前ぐらいから左下最奥部の歯茎が腫れるようになりました。
ああ、たぶん例の爆弾やろなぁ、と思いつつも、特に痛みもなかったので、ほったらかしにしてました。
しかし恒常的に腫れが続くようになったので、いよいよ行かないかんなぁと思いつつも香川への引越しやら「0」のレコーディングやらで機会がなく、先月のツアー「0」が終わってようやく一段落ついたので歯医者に行きました。

で、診断の結果
「膿んどるなぁ。下手したら抜かないかんかも」
抜くのは最終手段とし、まずは出来るところまでやってみようということになりました。
「それはそれとして、こっち」
医師が指したのは今回治療する左下最奥部とは反対の右下最奥部
「親知らず、抜く?」
最後の親知らずは表面には出ておらず、右下最奥部に出ている奥歯の右下あたりに横向きで埋まっているような感じでした。
「このままほっといてもええことは無いやろなぁ。まぁ抜くんやったら早めに抜いといたら?」
「じゃあ抜きましょうかねぇ」
「ま、ウチじゃ無理やけどな」
「はい?」
「紹介状書くから総合病院行ってきて」

つづく


平尾

2012.09.26

悪魔

どうも、悪魔です。
ここ2週間ほど悪魔になっていたので、今は少しお休み気分でおります。
ミナミホイールでお会いしましょう。アディオス。

雄作

2012.09.24

【2012-09-24(mon) amori】


先日の「0」ツアーで音響チーフをしてくれた小菅さん。
実は彼とボクと軍司とは偶然にも2008年に同じ会場にいたことが判明した。
その場所とは初台オペラシティ。
作曲家スティーブ・ライヒの来日公演とワークショップがあった日でした。

DUOでのリハーサルのときにキッカケは忘れたがライヒの話題になり、
ボクと軍司は観客兼聴講生として、小菅さんは音響スタッフとして、
その場にいたことが明らかになり、意外な共通点に驚きました。
スティーブ・ライヒの来日公演は三日通しのスケジュールでした。

初日はライヒの新曲「ダニエル・ヴァリエーションズ」の日本初演と
いうこともありNHKの放送も入るということで、
この歴史的な場面に立ち会う聴衆として、どう会場を盛り上げるべきか
頼まれもしないのに延々と軍司考えてたのを思い出す。

結果的に演奏が終ったあと、拍手と「ブラボー」が鳴り響くなか、
狙い澄まして場違いな一声をあげればNHKの映像史に残れるのではないかと、
テロリスト的な考えに収束したところに情けなさがあります。
その一声とは「are you married?」(アンタ、結婚しとる?)

今、思い出してもよく実行しなかったなと冷や汗をかく。
実行犯は英語の発音に優れた軍司にさせるつもりだったが、
二人ともすんでのところで思いとどまってよかったと思う。
今でもそのときの公演はYouTubeでも見られるが、
あの聴衆のなかには安っぽいテロリストが二人紛れているのだ。

それにしてもダニエル・ヴァリエーションズも、
ドラミングも18人の音楽家のための音楽も抜群に素晴らしかった。

二日目はライヒ本人による、質疑応答を加えた楽曲解説や、
ディスカッションがあり、もちろんそれにも参加した。
会場に行くまでの道中「せっかくだから誰もしないような、
何か鮮烈で核心的な質問をして、ライヒに『あっ!この二人出来る!』と
言わせてやりたいと思い、策を講じていた。

しかし、無理やり作り出した質問にいいのがある訳がなく、
(※質問とは必要に迫られて自然と出るものである。)
そうなればインパクト勝負だと、賢明ではない方向に考えが
シフトチェンジして、
最終的に「How tall are you?」(アンタ、背はどんくらいあるん?)

今、思い出してもよく実行しなかったなと冷や汗をかく。
実行犯は英語の発音に優れた軍司にさせるつもりだったが、
二人ともすんでのところで思いとどまってよかったと思う。

実際にワークショップが始まれば真剣に聴講して、
色々と自分の頭のなかで、改めて気づかされる点であったり、
新しい発想であったりと向き合っていた。
今になっては、あまり何も思い出せないではいるのだけれど…。
ボクの頭の中には消しゴムがあるらしい。

いつの間にか目立とうという意識は消え、熱心な勉強生になっていた。
そんな折、不意にライヒが何かを言ってその言葉を
通訳を介す前に軍司が把握しボクに「おい、後ろ行くぞ」と言う。
ボクがどうしてなのかと聞くと、どうやら会場の後ろに、
ひとつだけ譜面を置いてありアナリーゼ(楽曲分析)させてくれるのだそうだ。

ああ、それはありがたいと思って、二人でさっさと会場の後ろに行き、
確かに用意されているオーケストラ楽譜の前に座った。
うわ、これはラッキーだな「さすが軍司」と思っていると、
通訳を介してそれを知った他の聴講生も全員がゾロゾロと来た。

ライヒのような現代作曲家の楽譜などは取り寄せようにも高いのだ。
マイケル・ナイマンの弦楽四重奏の楽譜をボクは2つ持っているが、
ペラペラなのに2つで1万円ほどしたと思う。
故人であるストラヴィンスキーの二重協奏曲という楽譜でさえ、
えらく高かった思い出がある。

それでも、とてつもなく勉強させてもらった。
どうしても気になる音使いのコツを知れるのは、
宇宙を支配する、ある貴重な数式を覗き見るようでドキドキしたし、
こっそり自分の曲で使い、他の誰とも違う深みを出すのが楽しかった。

この頃はどこへ行くにも譜面を持って行ってた。
雄作と最初に出会ったときも、芥川也寸志の「トリプティーク」の
楽譜を持って行ってて、バイオリンを持ってる雄作に、
「ちょっと解らんところがあるねん、これ弾ける?」と
譜面越しに会話したのがキッカケじゃなかったか。

なんにしても久しぶりの譜面を前に胸が高鳴ったのだが、
よくよく考えてみると…、よーいドンで会場のスピーカーからは
ライヒの音楽が流れ音楽は勿論進む、進むということは、
譜面も次のページをめくられる、では、その譜面をめくるのは誰なのか?
それは、もっとも譜面に近く椅子に鎮座してい人間であろう。

Oops!ボクと軍司ではないか!

ボクと軍司の後ろにいる全国から集まった作曲家や演奏家や、
評論家を差し置いて、何たることかボクと軍司が大役を務めることになった。
そして、あろうことかライヒの音楽は同じ音型が続く特徴的な音楽。
要するにどこかで現在地を見失ったら、どこに戻ればいいのか、
わかりづらい音楽なのである!

例えるなら、人は初めての土地で今いる現在地をつかむために、
必ず自分の周囲で目印となる商店の看板や町並みなど、
沢山のポイントを総合的に踏まえて、自分の場所を知ろうとする。

では、自分の周囲が全部同じ商店の看板で、
次の角を曲がっても同じ商店の看板で同じ町並みならば、
訳が解らなくなりはしないか。ライヒにはその要素がある。
三国志でも、諸葛孔明が繰り出すこういう策があったではないか!

しかし、もう逃げられない!
容赦なく進む音楽、幾らいい音楽だろうが、
こちら二人にとってはいかに譜面をめくるかで頭がいっぱいで、
今となってはどんな曲だったか、全く憶えていない。
延々と続く般若心経を追うような気持ちで、生きた心地がしなかった。

少しでも譜めくりが遅れようもんなら、
自分の肩の横から何者かの手がニュッと伸びてきて、
早くめくれと催促される。でも、それはまだいい方で、
その催促の手の主も間違えることがあり、
そうなったが最後、場は混沌とする。

四方八方から、現在地はここでは無いのか?という手の合図が入るが、
次の展開部が来るまでは何が何やらよく解らない感じであった。
ガイドなしでモロッコのフェズに迷い込んだら、
こんな感じであろうかと、冷や汗をかきながら思った。

そのうち、どうして自分はこんなところにいるんだろうと考えた。
これまでにも自分の人生で度々、そういうことがあった。

それより数年前、どうしてだかボクは、
フランスの指揮者ピエール・アンタイのパリの家でチェンバロを触ってた。
本人は不在だし面識もないのに、どういう成り行きで…
自分がそこにいたのか前後の記憶が曖昧で憶えていない。

誰しもそういうことがあるんだと思うが…
実際に自分が経験したのか、誰かの経験談を聞いて、
それが自分のものとなってしまったのか、判然としないときが多々ある。
軍司にも指摘されることだが、ボク自身、二年くらい、
一体何をして何を考えて生きていたのか解らない時期がある。

多分、何もしていなかったのだろう。
時系列と事象が伴わないことは、よくあることだ。
ただ、事象に関連性が伴わない場合、
先のピエール・アンタイの家に訳も解らずいることのようになる。

こんな感じが、ライヒの譜面をめくっているときの感じである。

そんなところを一緒に譜めくりして救ってくれた、
作曲家の北野善知さんの存在がありがたかった。

予想外の大役を終えて疲労困憊でロビーで喉の乾きを潤すボクと軍司が、
北野さんを見つけてお礼を言うと、北野さんが、
「あの曲は、譜めくり解らないですよ(苦笑)」と言ってくれたのに、
とても癒される思いだった。

小菅さんとのライヒ繋がりの話しで、色々と思い出した。

一連のことを思い出して、何かないかと、
久しぶりにラヴェルのクープランの墓の楽譜を見ているが、
ボクはこの曲集の前奏曲が好きだ。
左手の動きがたまらない、一切の無駄な時間がない。

それは生けとし生けるものの一生のようだ。

2012.09.22

民主党代表

こんばんは、土曜日ヤマトコであります。

そろそろ夕刻は肌寒く、バイクに半袖はキツく感じ始めてます。

昼間との気温差に皆さん体調を崩さない様に・・・

さて、僕の親戚の婆さんが100歳となりました。我祖母の姉にあたる人です。

で、そのおばさんが「内閣総理大臣」より100歳の表彰を受けました。



野田さん、今は大変な時期なのに・・・

民主党党首再選に大陸の方やら半島の方やらで・・・

更に純銀の盃まで頂いたみたいです。

うちの家系はどうやら長寿の様です。

祖母が95歳、祖父が99歳、母方の祖母は健在で92歳。

流石明治、大正生まれはつえぇ・・・戦争を乗り越えた人達は凄いです。

そんな僕も長寿の血が入ってるんでしょうね。ちょっとやそっとじゃ病気しませんし、風邪をひいても知らぬ間に治ってる始末。

ただ、怖いのは元気なだけ病気の進行も早いとゆうこと。

そろそろ成人病も視野に入れて精進致します。

10月はミナホ、チキンジョージでの「勝」年末は福岡・名古屋・東京・・・・・・・・・とちょっと忙しくなるんで頑張ります!

ではまた!

ヤマトコ

2012.09.22

やってみたいこと

やってみたい事がたくさんある。現実的なものから、ちょっとがんばらないといけない事まで。

ワンマンが終わって一息ついたら。。。とか思ってたけど、まだまだせわしない日々が待ってた。

落ち着いたら。。。なんて思ってても、それがいつなんだか、

永遠にこないかもしれないし、もしかしたら明日からがそうなのかもしれない。

と言う訳で、手始めに前々から興味があった株をやってみる事にした。

なんや株かい!と言われるかもしれないが、始めて株を買う勇気に3日ぐらいかかった。

少し前からやりはじめたけど、まだなんとかマイナスにはなってない。

軍司

2012.09.20

今年もやります『勝』

チンキジョージ専務・児島勝氏の誕生日イベントを今年も担当させていただくことになりました。
なんと今年はあの勝氏が歌うとのこと。

9/14のライブの日、勝氏から音源の入ったCDを手渡され
「すまんけどまた帰ってからでええから聴いといてくれるか」
と最初は言われてたのですが、どうにも本人の中で盛り上がってきたのか、打ち上げ途中に
「今すぐ事務所に来て聴いてくれ」
と事務所に呼び出され、勝氏の熱い想いとともに2周聴かせていただきました。
なんと20数年前から思い描いていたことで、演奏を任せるににふさわしいバンドを探していたのだとか。
その栄誉を我々が賜ったわけです。
なんともありがたいことです。


平尾

2012.09.18

【2012-09-17(mon) amori】


マネージャーのタッキーがどうしてもしたいことがあるという。

その情報を軍司から聞いたので、
そこまでしたいことは何なのかと尋ねるとボードゲームだそうだ。
その名も「スコットランドヤードゲーム」
ボクにとっては初めて聞く名前のゲームであった。

そこまで言うのなら是非、みんなで集まってしてみようじゃないかと、
参加できそうな人間に声をかけて日程調整が始まった。
参加できそうな人間とは言うものの、要するに、
シベリアンの大阪組とタッキーである。

とは言っても今の時期は色々と忙しいこともあり、
そんなにすんなりと皆の調整がつく日なんてないだろうなと、
思っていたら、バンドではあり得ないほどにとても素直に日程が決まった。
なるほど、人間とは好奇心の生き物なのであろう。

しかし、ここで思わぬ事態となりタッキーが病に倒れた。

「さすがに言い出しっぺがいないのに、開催はされないだろう」と、
思っていたらそのタッキーから開催日前々日に連絡があり、
地底人のようなガラガラ声で「やりましょう…やりましょう…」と言う。
その執念たるや、親分の仇を討つ赤穂浪士のようで恐れ入った。

そういえば、シベリアンニュースペーパーの最初の頃は、
ライブ毎に雄作が深夜発のバスで東京から出発し、
朝方にうちに来て、一緒にリハーサルや作曲を布団の上でして、
その日の夕方くらいから次の日の朝までカードゲームばかりしていた。

カードゲームといっても、バカラとかポーカーではなく、
なんてことはない大富豪である。
革命あり、革命返しあり、8切りあり、縛りあり、
それを延々としていたことを思い出す。

先日、その頃につけていた得点表が見つかったので、
爆笑しながら見返していた。
そこには得点の数字しか書かれていないけれど、
数字以上の何かがあるので、捨てられない。
何かの匂いがまだ残っているような気がしたからだ。

ゲームの席上で長州出身の中村さんがこう言う
「せっかくやけぇ、なんかでっかいことしちゃりたいわ」
そしてボクに向かって中村さんはこう言う、
「なんか自分やったら、ええアイデアもっちょりそうな気がする」と。

ボクが、そしたらママチャリで実家の下関まで帰ればいい、
今の真夏の時期にママチャリで大阪から下関まで帰ったら英雄だよと。
その数日後、中村さんは3日かけてママチャリで下関に帰った。
次に会ったときには砂漠の民のような褐色の肌になっていたのには驚いた。

「ママチャリで帰ったら、交通費もバカみたいに安うつくわ、自分、ホンマにええアイデアくれたわ、自分、やっぱ、なんかもっちょるねぇ」

そう言って大阪から駆け出した中村さんだったが…。
途中、姫路のスナックで酒を飲んだり、ホテルに泊まったりで、
挙句の果てには無事に下関に到着したはいいが、
そのまま自転車を実家に放置し、新幹線で大阪に戻って来て、
そして新しい自転車を買い直すハメになり、
結果的にバカみたいに浪費したそうだ。

この記念にと、彼が写ルンですで撮影した行く先々での写真は、
日中は走ることに専念したために、主に日没後がメインの写真となったが、
あいにく、写ルンですがフラッシュ内蔵のものじゃなかったため、
ぼわんとした写真ばかりで、何が被写体なのか…よく解らなかった。

さて、本題のスコットランドヤードゲームだが、
ロンドンを舞台に5人の刑事が怪盗Xを捕まえるというゲームである。
刑事役が数人と怪盗役が一人という割り振りで行われる、
どうみても怪盗役がオイシイのでボクが立候補した。

そして、ボクには怪盗の資質が備わっていなかった。
ある一定回数、逃走を続けられれば怪盗の勝ちなのに、
ボクはとても簡単に刑事たちに逮捕されるのだ。
ならばと思い、タッキーを怪盗にして真っ先に逮捕してやろうと
意気込んでみたが、最後まで逃げ切られた。

前回、皆でモノポリーをしたときに、
開始早々でタッキーを破産に追い込み、
お腹がよじれるくらいに笑い転げたが、
こんなところでしっぺ返しを食らうとは思わなかった。

ボクが苦手な部分の頭を使うゲームで、
ゲーム中のタッキーや軍司や山本さんの会話がよく理解できなかった。
こんなところでしっぺ返しを食らうとは、無念。
人には得意と不得意があるもんだなと痛感した。

それにしても噂に違わぬ面白いゲームだったな。



そういえば、もうひとつ軍司からこういう話を聞いた。

チキンジョージの専務、児島勝がどうしてもしたいことがあるという。

そこまでしたいことは何なのかと尋ねると、
シベリアンをバックバンドに歌をうたいたいのだそうだ。
25年間、あたためてきた熱い思い。
10月14日のチキンジョージで、いよいよ開幕。




2012.09.16

ごめんなさい

すいません、昨日飛ばしてしまいました…

来週はシッカリ書きます。


ヤマトコ

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