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2011.02.21

【2011-02-21(mon) amori】

逃げる二月といいますが、月日は早いもので、もう二月の後半。
 
先日、岐阜の高山へ旅行に行きました。
高山→白川郷→金沢という順路での列車とバスを乗り継いでの小旅行。
白川郷を予定に入れるかどうするかには迷いがあったのだが、
東京のワンマンの前日の道中で、チラと小旅行をするつもりであり、
白川郷へ行こうかとも思っているというのを軍司に伝えると、
今年は雪が多く降ったから是非行かれるがよろしいでしょうと返ってきたので、
それならと行ってみることにした。
 
年始だったか、友人で作曲家の久保田さん(カンヌで知り合った)のブログを読んだら、青春18切符を買って悪魔的に多忙の音楽仕事の合間にあてどなく旅をしていると書いてあったのに少なからず感化されたのかもしれない。
 
ボクは旅とは経験することではなく、行為することでありたいと常々思っている。
それは、本や音楽や絵画に触れるときも同じであり、なにか見聞を広めたいとか、自分探しの旅でありますというのには、薄気味悪さを覚える。
ルソーの言葉に、「人は二度生まれる。一度は存在するために、二度目は生きるために」とあるが、後者のスタンスだ。
 
それにJR高山線は一度機会があれば乗ってみたい路線のひとつである。
他にはJR飯田線と紀伊半島の海沿いを回るやつと…言い出したらキリがないが、そのうちのひとつが高山線である。
それを言うと他人に「阿守は鉄ちゃんだ」と言われるが、ボクは鉄ちゃんでなく、孝夫さんである。または、あもりん。・・・なんでもいいか。
うちの実家には本当の鉄ちゃんがおり、いつかの山本さんのブログでもあったように、家の玄関に駅の看板があり、庭先の縁側のイスはJRのグリーン車のシートである。そしてまた春にも自分専用の電車を姫路まで走らせるそうである。狂気の列車マニアを実父に持てば、鉄ちゃんのハードルは自然と高くなる。
マニアックとは相対的であるからこそ成立する言葉であるのだから。
 
高山に到着したら、路面のすべてが凍っていてまるでスケートリンクだった。空気は綺麗でまるで空気のなかを泳いでいるようだった。雪は軽い真綿のようで、自由意志を持っているかのように、すんなりと散っていた。
夜の7時くらいだったので旅館の和室に荷物を置いて、町を散策がてら、iPADで高山ラーメンの美味しいところを選び町に出た。その日は寒い中、高山の旧市街がライトアップされていて、川の上、橋からみるしだれ柳に積もった雪がとても情感豊かに感じた。
こういう風景にあった音楽はないかと脳みそのなかのアモ-TUNEのジーニャス機能をフル活用したが、出てきたのは般若心経の読経だけだった。
ラーメンも美味しくて、何年かぶりにスープも全部飲めたくらいだった。メニューに餃子がないのに酢があるので(メニューにはラーメンとワンタンメン以外には何もなかった)、店員にどうしてかと尋ねたら、ラーメンに入れるのらしい。食後だったので試してみることはしなかったが、どうなることやら。
 
雪中行軍したのち、旅館の部屋に帰るとさすがは雪国の暖房、カラカラに乾いてとことん暑かった。頭にバスタオルを巻いていたが、まるでベドウィンの気分であった。