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ショーのウラ最終回


<textformat leading="12" indent="" blockindent="1" leftmargin="" rightmargin=""> 四月十八日
 いよいよツアーファイナル。心斎橋クラブクアトロです。機材搬入と調律のため、山さんと一宏(軍司)はほかのメンバーより数時間早く会場入り。私は他のメンバーに比べて機材が多いので、手伝いを志願したのですが
「若いもんにやらせますよって、心配おまへん」
とのことで、ゆっくり会場入りすることが出来ました。
 とはいえ、ジャンベやボンゴのチューニングをしようと思っていたので、予定より少し早めに会場入り。すると、他のメンバーもほとんど揃っていました。どうやら皆さん気合が入っているようで。
 頑張ってチューニングしたのですが、実は私、チューニングが大の苦手。結局レコーディングエンジニアの小野さんに仕上げてもらいました。
「うぉ!今日ジャンベの音めっちゃ抜けるやん。どしたん?」
と一宏(軍司)が絶賛してくれたので
「小野さん」
と一言返すと納得したようでした。

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続き▽

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ショーのウラ8


<textformat leading="12" indent="" blockindent="1" leftmargin="" rightmargin=""> 名古屋のライヴは東京・大阪に比べ、かなり穏やかな雰囲気でした。会場の雰囲気もかなりよかったです。
 大阪からわざわざ足を運んでくだすったお客さんが多く、非常に嬉しかったですね。初上陸とはいえ、地元の方も思った以上に来ていただき、これまた嬉しいことです。
「ラジオ聴いて来ました」
という方がかなり多かったのには驚きです。さすがラジオの国・名古屋。

 帰りは一宏(軍司)が合流したことで、新名神経由が決定。途中のサービスエリアで食事兼会議が行われました。寄ったサービスエリアは東京の帰りに寄ったのと同じところ。ならば気になっていた赤カレーを食べよう、と思ったのですが、無性にラーメンが食べたくなりチャンポンに変更。このチャンポンの具の量の多いこと。食っても食っても減りません。
「平尾くんさっきからずっと食ってるけど、一向に減る気配ないなぁ」
と、タッキーに心配されてしまいました。

 翌日クアトロでのライヴに関する打ち合わせを主体にした会議が終わり、一行は帰阪。
 いよいよツアーファイナルです。

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ショーのウラ7


<textformat leading="12" indent="" blockindent="1" leftmargin="" rightmargin=""> 四月十七日の朝、私は少し準備に手間取り、集合時間少し前にネイブに到着しました。が、既に他のメンバーは到着しており、荷物の積み込みも終わっている模様。一番荷物が多いのに情けない。
「荷物多いんですから、必ず三十分前には来といてください」
と怒られてしまいました。情けない。
 しかしよく見ると阿守の姿が見えません。出発時間を超えようかという時間であるにもかかわらず。電話してみると
「うん?今から家出るよ?」
明らかに寝坊でした。

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続き▽

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ショーのウラ5


<textformat leading="12" indent="" blockindent="1" leftmargin="" rightmargin=""> 明け方、東京に到着し、各々宿泊先へ。私はもちろん民宿土屋。その日はオフなので、ゆっくり過ごしました。
 民宿土屋の近くに、かなり大きなドラム屋があるので、私はそこをブラブラしていました。ブラシがボロボロだったので、買い求めるという目的もありましたので。すると雄作から電話が。
「いまから出かけますんで、鍵渡しときます」
 ドラム屋で合流。このドラム屋は、パーカッション類も結構豊富です。
「へええ、いいですね、ここ。タラさん使えそうなのありそうですね」
と一言感想を残し、雄作は衣装を探しに街へ消えていきました。

 民宿でごろごろしていると、雄作が帰ってきました。
「いい服なかったんですが、いいアクセサリ見つけました」
と首飾りを見せてくれました。
「結局ウチの近所で買いましたよ」

 夜は外でパスタを食べ、早めに寝ました。

 さて、遅れて出発したタッキー&阿守の機材組ですが、三時ごろにはこちらについたそうです。しかも運転はタッキー一人。
「いや、君の運転は神がかってたよ」
と阿守も絶賛。
 道中サッカーの話をしていたところ、気がつけば東京についていたのだとか。それでも飽き足らず、というか、そのせいでヒートアップしたのか、軍司邸着いた二人は、そのまま軍さまを交え、サッカーゲームに耽ったそうです。
 阿守はかなりのダーティプレイ(一点先取で十一人ディフェンス、セットプレーの最中にポーズをかけタイミングをずらす等)を駆使したにもかかわらず、ほとんど勝てなかったんだとか。
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ショーのウラ3


<textformat leading="12" indent="" blockindent="1" leftmargin="" rightmargin=""> ゲネプロが始まりました。私がバスドラを中心にセットを組むと、
「え?バスドラ使うん?」
と素っ頓狂な声をあげたのはタッキーでした。
 おや、確かに伝えたつりでしたが、私の記憶違いだろうか、と首を傾げていると、
「言いました言いました。確かに言いましたよ」
と雄作の一声があったので、やはりタッキーが忘れていただけと判明しまた。そのため、カホンを中心としたセットを想定していた音響のタカハシンが少し苦しむことになりました。
 この日はほとんど音作りに費やしました。夜十時に始めたのですが、気がつけば朝の五時。初日はそれにて解散となりました。
 翌日は夜十一時から始まりました。
 この日は曲順を通してのリハーサルで、照明や録音のチェックも入りました。結局終わったのが朝の八時。
「こんな過酷な現場はない」
と、参加したスタッフは口を揃えておりました。さすがに私もその日は仕事を休みました。
 ゲネプロ終了直前、ささやかな問題が発覚しました。ライヴ前日に大阪を出発する予定の機材組に欠員が生じたのです。タッキーはタカハシンと二人で交代しながら東京へ荷物を運ぶ予定だったのですが、タカハシンのギックリ腰が再発してしまい、長時間車に乗ることが出来なくなりました。
 タカハシンは当日朝に新幹線で大阪を出発することになったため、機材者を運転するのはタッキー一人となってしまいましたが、さすがにそれは危険だろうということで、協議の結果、阿守がタッキーと共に遅れて東京入りすることになりました。

 翌日のフリーライヴを終えたメンバーは、阿守を残し、東京に向けて出発したのでした。

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